#30 乳房全摘・リンパ郭清 そして術後
先日、無事に左乳房の全摘手術を終えて退院して来た。私は厳密にはFtM(女性から男性へ、を望む人)ではないのだが、FtM的に言えば「胸オペ」というやつである。まあ、性別適合手術における胸オペと乳がんの手術は目的も用途も全く違うものではあるが。
しかしながら、手術後に無くなった自分の胸(の手術痕)を見て最初に感じたのは「ああー胸オペした人の気持ちが何か分かる気がする」だった。
しかしながら、手術後に無くなった自分の胸(の手術痕)を見て最初に感じたのは「ああー胸オペした人の気持ちが何か分かる気がする」だった。
がんの腫瘍という「悪いもの」を外科的処置で取ってもらい、なおかつ乳房という私にとって「全くもって要らないもの」を取ってもらったのだ。片方だけだけど。棚ボタラッキーってこのことだな、とつくづく思った。
手術をするまでは「入院+全身麻酔+手術」という行為がそもそも人生初であるし怖くて不安でしょうがなかった&こんな体でも、ボディイメージが不可逆的に変わることについて何か気持ち的にあるんじゃないかと思っていたのだけど。
びっくりするほど何も無かった。手術前の自分に言ってやりたい。「意外とそんなんどうでもいいし大丈夫だった」と。
日数的には、入院期間は約9日。術後7日目での退院だった。部屋は病院の意向で終始個室であった(なお病院の方針で差額ベッド代は無し)。
以下に入院と手術後の様子をまとめる。
入院1日目
午後14時頃に病院へチェックイン(ホテルではないのだが、適当な言葉が見つからなかった)。手術の説明などを受けていたらあっという間に夕方になっていた。この日はもう20時までにシャワー浴びて終わり。初めて病院食なるものを食べる。昔から「病院食は味が薄い」などと言われるのを聞いて来たが、味覚障害のある身としては味が薄いとかいうのは全くなかった。むしろ美味しい。
病院のベッドにはあったかいフワフワの毛布が存在しない=掛け布団のみなのだということを知って若干残念な気分になる。ブランケット症候群には忍耐が必要な環境である。
夕飯を食べたら21時から絶食(水のみOK)。明日は丸一日何も食べられない。
入院2日目(手術日)
Twitterで散々見た浮腫み対策の「ワープ靴下」を履いていざ手術の準備である。私もワープする時がついに来たのである。
ワープと言えば私はドラマ「新スタートレック」が好きなので心の中でパトリック・スチュワートよろしく「Engage!」と言って手術に臨むことにした。
もしくは映画「インターステラー」のマシュー・マコノヒーがエンデュランス号にドッキングするシーンみたいな。
気合とテンションと意識失う的にはまあそんな感じである。
全身麻酔は話に聞く通り、点滴されて数秒後に意識が落ちた。余談だが、この時の一連の点滴はCVポートではなく腕からである。
手術室に着いて手術台に寝て、多分麻酔科の先生だろう人から麻酔の説明を受けて、あーなんか点滴の針から冷たいものが入って来てるなーちょっと痛いかもーなんて思ってる内にシャットダウンされた。
本当に「あっという間」で良かったと思う。手術自体は2時間程度を予定していたそうだが、実際1時間ちょっとくらいで終わったらしい。終了予定時間のだいぶ前に手術終了の連絡が家族に届いたそうだ。はえー(語彙力)。
で、結局私は執刀医が誰なのかすら分からないまま手術を受けた。ぶっちゃけ今でも正確には分からない。そういう説明は診察時も手術の説明時も全くなかったし。
手術室に行ったらなんか知らないおっさん(失礼)が上座に居たし、ああこのおっさんかなぁとはぼんやり思った。ずっと診察してくれていた乳腺外科の主治医では無かったようではある。
後にこの「知らないおっさん」が病院の院長先生だったと何となく察する。
手術後に意識が回復してからはもう次の日までほとんど何も出来ない状態だった。意識はあるんだけど本当に何も出来ない。「あー」とか「うー」としか言えず朦朧として眠かった。
酸素マスクは結局その日ずっとしていて、次の日だったかその日寝る前だったかにようやく外してもらえた。
入院3日目(術後1日目)
頭が痛い。最初はそれだった。寝てる間、暑かったり寒かったりもした。何故か身体がガクガクと震えてなかなか止まらなかった(これはCVポートの手術をした日もそうだった)。多分、手術や痛みへの恐怖心からだと思う。お昼前にようやく熱を測れて、そうしたら37.8℃だった。手術後たまにあることらしい。とりあえず痛み止め兼解熱の薬を飲む訳だから、それが効くことを祈るだけだ。
この日は病室に色んな人が、本当に色んな人が来て疲れた。看護師さんはまあいいとして、食事、清掃、エアコンのフィルター掃除、床掃除、リハビリ、手術後訪問、腋窩リンパ郭清の説明等々……ひっきりなしに人が来た。本当に疲れた。
驚いたことに、あれだけ怯えていた手術後の痛みは、実はそれほどでもなかった。
脇の下はピリピリ痛むが、全摘した胸に至ってはほぼ無痛状態である。恐らく傷口を見ていないし全身麻酔であっという間だったから実感がないだけだろう。本当に胸を片方全部取ったのか? と疑わしくなる程度には痛みがないのだ。触ったり押せばそりゃ痛いけども。
恐らくこの辺は完全に個人差というやつだろう。
腕を上げるためのリハビリはこの日から開始。
入院4日目(術後2日目)
手術後は足のむくみが酷くなったような気がする。それとなくむくみ解消の対策を取るが、あまり効果はない。これが手術の影響なのか、ドセタキセルの置き土産なのかは分からない。手術したところは起き上がろうとしたりして力を入れるとピキッと痛む。この「ピキッと」が早くなくなれば良いと思う。何でか健側である右のポートを入れた方まで突っ張って痛くなって来たような気さえする。恐らく心理的なものだろう。
入院日から緊張していたのか便秘が続いていたのだが、ようやくこの日に大が出る。コロコロしたウサギのフン状態で、頑固な便秘である。
この日からもうシャワーに入れた。傷は完全防水だがドレーンを気にしながらシャワーを浴びたりするのは大変だった。
そしてシャワーを浴びて初めて分かることもある。それまで自分で手術部位をきちんと確認することがなかったので、私はずっと脇の下あたりになにかクッションでも詰められているのかと思っていたのだが。
どうやら術側は少し?だいぶ?腫れているようだった。そして術側の腕は肩〜肘くらいまで、しびれて皮膚の感覚が鈍いことも身体を洗っていて初めて気付いた。
(後から看護師さん、主治医に確認したら乳がんの手術後、腋窩リンパ節郭清後はよくあることなのだそうだ。時間は掛かるかもしれないが、しばらくするとマシになるとか。完全にそういうのが消えない人も居る?)
この日から、もう入院生活が退屈になってくる。公共Wi-Fiが無いため、ノートPCを持って来てはいるがオフライン状態(スマホのテザリング機能を使えば良いのだが、料金を気にして使うのは最小限にしていた)。仕方なくローカル環境でマイクラ(JAVA版)をやったり、事前にしこたまダウンロードしておいたプライムビデオのドラマなんかを見始める。
Kindleアプリで本を読んでも良かったのだが、こういう時は電子書籍よりも紙の本がいいなと感じた。なかなか手が伸びないのである。
入院5日目(術後3日目)
脇の下がとにかく痛くてほとんど眠れなかった。リハビリを頑張り過ぎてしまったのだろうか。寝ようと思ってベッドに横になろうとしたら、「ビリッ!!」と脇の下が痛んだ。あまりの痛さにびっくりした。その後も、何かする度に強めの痛みが来る。何がトリガーなのか分からないのがまた嫌だと思いながら、ひたすら耐える。
こういう時、上手くやり過ごす方法として自分の中の「インナーチャイルド」的なものをあやしてなだめる……というのが割と効果的だと感じた。
そうだよね、痛いよね、でも痛いのすぐ終わるからね、大丈夫だからね、と心の中で慰めてやるのである。よく親が幼い子供に「痛いの痛いの飛んでけ」とやっているようなアレである。
そんな中、ネットで色々調べていて晴佐久 昌英さんというカトリックの神父さんが書いた「病気になったら」という詩に出会う。読んでみる。割と泣けてくる。病気の人や医療関係者にも有名な?詩らしい。
ああ、海外で言う「二ーバーの祈り」とか「無名兵士の祈り」の日本版みたいなものかな、と思った。
多分、女子パウロ会のブログがほぼ公式みたいなものだろう。良かったら読んでみて欲しい。本にもなっているそうだ。
どうでもいいけど、最近全然四谷にも行ってないなと思った(四谷にはキリスト教・カトリック関連の施設やショップが多い)。
この頃から、妙に知覚過敏的な、歯の痛みが気になり始める。歯磨きは毎食後ちゃんとやっているのにな。
入院6日目(術後4日目)
手術後の傷の痛みに対して「この野郎」という気持ちが湧いてくる。こなくそ精神というやつである。がんを告知された時は治療をするかどうかさえ一瞬ためらったくらいなのに、「こんな痛みに負けてたまるか」という気持ちになってくる。私は基本的に人間の本能というやつを信じていないタイプなのだが、こういう気持ちになるのは不思議なものである。
前あきのブラジャーを持って来てはいるが、毎日何回も傷の確認をされたりするのでもうめんどくさくて連日ノーブラ状態である。
胸の方もちょっと痛み?のようなものが出始める(リハビリの影響か効果か)。
胸がたまにスマホのマナーモードみたいな感じで痙攣?震える?時がある。が、特にそれだけで痛いとかはない。
入院7日目(術後5日目)
相変わらず脇の下というか傷口周りはぷっくり腫れているようで?(主治医や看護師さんは「変に腫れてなくて大丈夫」と言うが、全く腫れていない訳ではない)Twitterで誰かが言っていたような、ぷっくらとコッペパンみたいな感じになっている。皮膚の乾燥がまずいな、と感じた。手や足が乾燥由来の小さな赤いポツポツに覆われていたからだ。これがさらに悪化すると湿疹になって、痒くて痛くて大変なことになる。できる範囲で保湿しているが、どうにも体が不自由なので至らない点はある。病院は乾燥すると言うけれど、本当だ。かなり乾燥する。
入院8日目(術後6日目)
毎朝9時に測る体温、今日は体温計に「35.0」と出たのでびっくりした。いや流石にそれはないだろと思ってもう一度、今度はさっきよりもピチッと脇を閉めて測る。「35.1」……え? マジなの? となる。ちょっと怖くなったので上着を着て、しばらく窓から入る日光に当たって体を温めた。
何だか痛みや違和感の範囲が広がって来たように思う。
胸の傷もたま〜にほんのちょっとだけ、思い出したように痛む。それ以上に「バイブ」が多いが。結構頻繁になってきた。ヴヴヴヴ、と震えるのである。
左腕は、胸の横の肉が膨れてしまっているので、そのせいで正常な右腕のように脇を閉めることが出来ない。ぎこちない感じで、左肩〜左腕が変なところで固まった姿勢になってしまう。左腕上腕の痺れと違和感、痛みもある。
院長先生によるとこれら違和感は数ヶ月くらい残るが徐々に良くなるとのことだ。
入院9日目(術後7日目)
朝の回診でドレーンが抜けて、その場で「じゃあ今日退院ね!」と言われた。何とも急である。やったー、と心の底から思う。これでもまだ、がん治療のスタート地点にようやく立つことが出来た程度。これからもまだまだ治療は続くし、検査はあるし、その結果は心地いいものではないかもしれない。
でもまずは悪いものを手術で取ってもらえた、手術の傷をしっかり癒すのが大事だと思う。
今後の予定としては、
・病理検査の結果を聞く
・リハビリで腕が上がるようにする
・放射線治療アリ
・化学療法の続き(ハーパーを14回=一年程度)
・ホルモン療法10年(多分飲み薬が10年、定期的な注射が5年だったか)
・リハビリで腕が上がるようにする
・放射線治療アリ
・化学療法の続き(ハーパーを14回=一年程度)
・ホルモン療法10年(多分飲み薬が10年、定期的な注射が5年だったか)
である。色々落ち着かない。

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