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#03 乳がん検査の猪鹿蝶! エコーとマンモと針生検

さて、ふとしたことで左胸に嫌〜なしこりを発見した私は急いで予約を取って近場にある総合病院の「外科」へと駆け込むこととなった。 こういう時は、ためらってはいけない。 速戦即決、先手必勝というやつである。 性自認がどうとか、ジェンダーがどうとか、そういうことは全部一旦脇に置いて。別にそれらが人生の中で大事じゃない、優先順位が低いと言いたい訳では決してない。 然るべき措置のために然るべき判断と行動を 、という話だ。世の中、諦めと思い切りが功を奏する場合もある。 そんな訳で病院へやって来た私は早速エコー(超音波機器でぐりぐり)検査とマンモグラフィ(おっぱいをぺっちゃんこに挟んで撮るレントゲンみたいなやつ)を受けた。これはまあ、今まで職場の検診とかで何度もやっているから手慣れたものである。むしろ、エコー検査中に脇腹を器具で撫でられくすぐったくて笑わないか、そっちの心配をする程度の余裕があった。その時はね。 マンモグラフィは本当に久々に受けた。マンモグラフィというのは20代30代の若い世代のおっぱいにはあまり効果的ではなく推奨されない、という話がある。故に私も今までそれほど頻繁には受けてこなかったのだ。でもまあそれぞれ得意分野があるし両方やっておこうね、という感じで今回は進めてもらった。 エコー検査中は技師さんが何度もしこりのある部分を調べてはピッピッと印を付けているのが目の前で分かるので「あー、ここに……あるんだな」と画面を見上げながら不安になる。 昔はそのほとんどが嚢胞であることがほぼ分かっていたからそれほど心配はしていなかったが。今回は何だかこれまでの検査とは様子が違う。嫌な予感が再びじんわり湧いてくる。 マンモグラフィはやっぱりフィジカルな忍耐力が試される検査だ。「まだ潰すんですか!?」ってくらい、技師さんは「正確な検査結果を得るため」に容赦なくおっぱいを潰しに来る。慈悲など無い。ある訳がない。さすがプロフェッショナルである。 個人差はあるけど割と私はマンモグラフィが痛く感じる方。出来れば頻繁に受けたくはない検査だ。 そして2つの検査を終えて外科の先生に診ていただく。すると今日は乳腺外科の専門医が休みのため明日改めて診察と追加の検査をしたい、現状ではこのしこりが何なのか何とも言えない……と言われた。 ほう、専門の先生が居るならそっちにも診てもらった方が良いよな、と私は快...

#02 39歳の誕生日、しこり発見

つい先日のことである。30代最後の誕生日を迎え、私は「あー今後は40に差し掛かるんだなあ」などとぼんやり思いながら布団に寝転がっていた。この歳にもなると自分の誕生日については特に何の感慨も無くなってくるのだが、それでも友人が時期を見計らってちょっとしたお祝いをしてくれたり、プレゼントが届いたりして割とハッピーな誕生日だったと思う。前半部分は。 そしてふと、なんとなく。本当になんとなくだった。夜、布団に寝っ転がりながら自分の胸をムニッと触った。触ったと言うより、掴んだと言った方が良いか。いつもの「どうして私にはおっぱいがあるのだ」「こんなもの、無くていいのに」という自分の身体に対する性別違和感の表れ、その一端だったように思う。掴んでこのまま引っぺがすことが出来たらどんなに良いか。そんな気分だった。 そしたら、だ。左の胸、それも随分と分かりやすい外側の位置に「しこり」があることに気付いた。「ん?」「なんだこれ?」異変を察知し、何度か確かめる。そしてすぐ直感で「これちょっとヤバイんじゃないか?」と思った。 偶然発見したその「しこり」は、それなりに大きさがあるもので。指で触ってすぐ分かる程度の固さを持っていた。いつの間にこんなものが、と思いながら慌ててスマホを手に取り近場で胸のしこりを診察してもらえる病院を探した。 同時に胸のしこりの特徴やそれから考えられる病気なども調べたが、自分の感覚ではこのしこりがどんな病気のものなのかは全く分からなかった(素人なので当たり前ではあるが)。しかし嫌な予感は確実にする。これは、なるべく早く病院に行くべきだ。 私は20代の頃、よく職場の健康診断で乳腺が引っ掛かったりしていた。当時は「嚢胞があるけれど、それほど気にすることはない」と言われていたのだが、以前より乳がんに罹患したり胸に溜まった水を注射で抜いたりしている親戚が居たため、どうにもこうなると不安で仕方がない。 (自分ががん家系、リスク家系であることは若い頃から自覚していた。しかし、そのぼんやりとした自覚ですらまだまだ甘かったのだと今にしては思う) 不安を抱えながら必死に病院を探し、胸のしこりを診る診察科がいわゆる婦人科系ではなく「外科」であることを突き止める。乳腺外科というものだ。 調べると地区内に2件ほど乳腺外科の専門医が居る病院がヒットした。ひとつは乳腺外科専門の病院で、患者のレビ...

#01 セクマイで乳がん、ということ

 結論から言うと、性自認がどうとだか性指向がどうだとか、心の性別がどうとか、生まれ持った身体が男女のどっちだとか、ジェンダーがどうだとか、色々言っても「乳がん」に罹る時は罹るものだ。 乳腺という組織は男女問わず体内にあるし、そこが何かしらの要因で病気になってしまうというのはリスクや程度の差はあれど、可能性として充分あり得る話なのである。 そして、 意外と(?)セクマイかつ乳がん当事者というのも世の中には居るものなのだ。 多分ね、みんな言わないだけなんだと思う。 「がん」っていうちょっと怖い病気(ひと昔前まではがん=死に直結するようなイメージがあった)の前では、良くも悪くもそうしたセクマイだとかLGBT+的な思考が追い出されてしまうと言うか。 どうしても「シスジェンダーかつ異性愛者」である「普通の」女性をメインに、乳がんの知見やコミュニティというものは民官問わず広がっているように思う。 そんな中、性別違和感があり性自認が女性では無い私が「女性特有の」と言われるがんに罹ったからさあ大変、という訳だ。しかし私は実生活で特に外界に対して積極的にカミングアウトしている訳ではなかったり、ジェンダークリニックに行ったりしている訳ではない。 もちろん、医師による「性同一性障害」の診断が下りている訳でもなければ胸のオペもしていない。在野のトランスジェンダー、クローゼットとでも言うべきか。 それで、だ。 私は先日「乳がん」の告知を受け、針生検を行いその結果をもって「乳がんである」との確定診断が下りた。 その昔、20代の頃だったと思う。職場の健康診断で胸に嚢胞が多数あるということで再検査のためにしぶしぶ婦人科へ行った時。ちょうど診察室で乳がんを告知されて、出てくるなり泣き崩れる女性に出くわしたことがある。 あの時は「シスの女性は大変だな。あんなにショックを受けるんだから」「自分は『女性じゃないから』、多分ゆくゆく乳がんだって言われても、胸を手術すると言われても、それほどショックは受けないだろうな」などと若造である当時は思っていた。 ところがどっこいである。言われたら言われたで、それはそれは結構ショックなものである。ショックの引き金は性自認や女性への帰属意識に非ず。 ぶっちゃけ、告知を受けてショック過ぎて私はボロ泣きした。 でもまあ多分それは、どちらかと言うと胸を切るだとか抗がん剤...

#00 女体持ちのトランスジェンダーが乳がんになった話

 乳がんの告知を受けてから、乳がんそのものの情報と共に探していたものがある。それは、 性自認が女性ではないトランスジェンダー(主に女体持ちで性別適合手術をしていない場合)の乳がん の話だ。 誰か、私の他に、似たようなケースの人の体験談は無いのか。 どのようにしてこの危機と心的ストレスに対応すればいいのか。 乳がんや子宮の病気などは総じて「女性特有の」と言われがちだ。現に女性という肉体に性別違和感を持つ私は、乳がんの告知を受けることで世の中の「女性性」に医者という立場の人間から殴られたような感覚がした。まあ、普通に考えればそうなるよな、という感じはするが。 でもな、と私は言いたいのである。なる時はやっぱなるもんなんだよと。いくら性自認が女性じゃないと言ったところで、生物学的に女性として生まれ持った肉体は一生涯付き合わなければならない訳で。さらに言うなれば、乳がんは「女性」だけの問題ではない、生物学的男性の乳がんだってもちろんあり得るのだし。 (それにしては乳がんのアウェアネス・リボンがピンク色だったりと、この辺はトランスジェンダー・セクマイ当事者としてうーんとなる要素も多大にあるのだが)(マジョリティというものは総じて傲慢である、という私的見解もある) 「トランスジェンダー 乳がん」でググってみるも、性別違和感があったりすると乳がん検診に気持ち的に行きにくいだとか、そういう病院・検査側の話がちょこっと出てくるだけで手応えがなかった。当事者の話を探すことは難しかった。なので、女体持ちの性自認が女性では無いトランスジェンダー目線から書いてみることにした。 とにもかくにも、私はほんの2日前に乳がんの確定診断が下りたばかりである(針生検を行ったあと、結果が出るまでの二週間は文字通り死んでいた)。とにかく、世の中の流れ的には治療していく形になるとは思う。現代医学の進歩を信じつつ、自分の身体と自分の在り方について改めて考える機会に来ているように思う。