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#10 戦闘態勢を整える

乳がんの告知を受けたり検査を受けたりしている間、出来る範囲で治療に役立つことや情報収集、必要なものを買い揃えるなどしていた。今回はその「ちょっとしたまとめ」である。 彼を知り己を知れば百戦殆からず 孫子の兵法でも良く言われる通り、「 敵と味方の情勢をよく知って戦えば、何度戦っても敗れることはない」。 そもそもがんと「戦う」必要があるのか、勝ち負けの話なのかという問いもあるがそれはまた別の機会に考えるとして。 とりあえずは情報収集だよね 、と。 そもそも乳がんとはどんなものであって、どんな治療をして、どんな風にみんな生活してるの? という疑問がまずあった。ケーススタディ的に調べる・知る必要があった。 いくつかのWEBサイトを見たり、何冊か本を買って読んだりした。 【読んで良かったなぁと思ったWEBサイト】 ・がん情報サービス https://ganjoho.jp/public/index.html 国立がん研究センター発。とりあえず迷ったらここ。 ・千葉県がん情報「ちばがんなび」 https://wwwp.pref.chiba.lg.jp/pbgnv/index.html 千葉県人なので。 ・突然の乳がん告知 心構え 覚えておきたいこと 告知から手術までの期間 準備しておきたいこと 両側乳がんになりました144 https://sodane.hokkaido.jp/column/202204151930002015.html かなり詳しく書いてあって参考になった。 【読んで良かったなぁと思った本】 ・国立がん研究センターの乳がんの本 https://www.amazon.co.jp/dp/4778037936/ref=cm_sw_r_tw_dp_QRW48XJXJZADK493Q8G4 「がん情報サービス」と併せ、最初の教科書的な感じで。 ・乳がんと診断されたらすぐに読みたい本 ~私たち100人の乳がん体験記 https://www.amazon.co.jp/dp/4907838719/ref=cm_sw_r_tw_dp_EDJ8CJAXRAQJWF84PP2P めちゃくちゃ分厚い本。その分、大量の当事者の「突っ込んだ体験談」が載っている。オススメ。 ・心配事の9割は起こらない――減らす、手放す、忘れる「禅の教え」 https://www.amazon.co.jp/d...

#09 治療方針とメンタルあれこれ

とりあえず様々な検査を経て、自分の乳がんがどのような状況なのかが見えて来た。自分の腫瘍がどのくらいの大きさでどこにあって、腋窩リンパへの転移はこの位で……みたいな。 私の場合は腫瘍のサイズが3cmほど……割と大きめだったため、本格的な手術をする前にまずは半年、化学療法(抗がん剤治療)でがん細胞を叩いて小さくするということになった。 そしてそれと同時に、 点滴のための「CVポート」を体内に埋め込むことも決定した。 元より採血等でもまるで腕の血管が見えない奴なのである。致し方なし。 抗がん剤は最初の一回だけは腕から、その1週間後にCVポート埋め込みの手術、そしてその後はポートから点滴となる。 そして治療方針が固まったものの、相変わらず私の気分はどんよりしていた。 元より何年も「うつ病」で治療を受けていた身なのだ。 がんであることが判明した、じゃあ前向きに治療してくぞ! ……という意識など芽生えるはずもない。 がん患者はがんと診断されてから適応障害やうつ病などを発症する人が一定数いるそうなのだが、逆に元からうつ病の人間ががんになった場合どうするのか、という点については情報が少ない気もした。 「そんなん知りませんがな」「自力で何とかしろ」と言われているようで、それはそれでまた悲しかった。まあ、その感じ取り方は今思うと多少誤っているし、ある程度はやはり自分の身で何とかするしかないのだが。 がんの告知を受けてから、ひと月半くらいになる。その間、ずっと思っていたことがある。 それは 「こんな高い金払って治療を受けてまで、生きる意味や価値があるのか?」「治療を拒んでこのまま死ぬのと、治療をしていつか死ぬのと、どっちがより『経済的』なのか?」 ということ。 こんなことを、私は大真面目に考えている(いた)のである。 乳がんの闘病記を見たりすると、多くの人が「家族のため」とか「配偶者と子供のため」とか、「女性としてもっと輝きたい」とか、書ききれないほど色んな理由で治療や生活を頑張ってる人たちがいる。 しかし私にはそれがない、と感じられた。 この状態で治療のモチベーションを構築するのはとても難しいと思う。 元からうつ病でへばっている所にがんのダメ押しが来た ような感じだ。実際、がんの告知を受けてからメンタルは壊滅的である。 元々「生きることは素晴らしい」などという言葉には猜疑心を抱くような...

#08 治療前の検査ラッシュ!

さて、病気が見つかった。じゃあ、その病気を治そう・治療をしよう・少しでも身体の具合を良くしよう……という話の流れになる(ことが「普通は」多いと思う)。今回は乳がんの治療を開始するまでのたくさんの検査の話。 状況の整理も兼ねて、自分の場合の検査についてざっくりと書いてみよう。 一連の検査の流れ 【2022年 6/11】 自分で触ってみて左胸のしこりに気付く。 ↓ 【6/13】 近場の乳腺外科がある総合病院へ。エコー&マンモグラフィ検査。 乳腺の専門医が今日休みで、明日来るから明日もう一回来てと言われる。 ↓ 【6/14】 再び乳腺外科へ。この時点で専門医から「ほぼ乳がんですわ」と告知を受ける。 針生検を行う。 ↓ 【6/24】 針生検の結果発表。乳がんの確定診断が下りる。 ↓ 【6/28】 PET-CT検査を別の大きな「がんセンター」的な病院で行う。 ↓ 【7/1】 PET-CT検査の結果発表。リンパに転移していることが分かった。 ここで「どこで治療を受けて行くか」決める必要が出て来た。 ↓ 【7/5】 地元の実家に戻り、近くの病院で治療を受けることを決める。 目当ての病院宛てに紹介状を書いてもらう。 ↓ 【7/8】 転院。転院先で腋窩リンパの細胞診、採血検査を行う。 ↓ 【7/11】 造影CT検査を行う。直後に結果が出て診察時に見ながら主治医と話す。 心エコー検査も行う。 ↓ 【7/15】 胸部の造影MRIを行う。こちらも直後に結果を見ながら主治医の診察。 これで治療開始前の検査がようやく全部終わる。 こんな感じである。ほぼ一ヶ月の間、検査まみれであった。あっちへ行きこっちへ行き、検査の度に何回も何回も腕に針を刺されて、「注射恐怖症」である私には地獄のような日々であった。検査の時点で既に口から魂が抜け出てしまうかの如く疲弊した。 検査というのは基本的に「何をされるか」は必要最低限しか知らされない。それで充分という人も居るだろうが、私はそうではなかった。何が、どうなって、どれくらい……そういうのを事細かに把握している方が安心出来ると言うか、不安要素を削いで行けると言うか。 「それ最初に言ってよォ!!」的な案件も割とあった (私が話について行けず忘れていただけかもしれない)ので、メモがてら残しておく。私レベルの「盛大なビビり」の助けになるかもしれないし、逆に変な...

#07 さよならナベシャツ、ようこそノンワイヤーブラ

乳がんが発覚してやめたもの・こと。まず第一にタバコ。次にお酒。そして少し悩んで、FtM(女性から男性へ性別移行したい人、Female to Maleの略)やFtX(身体は女性だけど性別は男女のどちらでもない人、Female to X-genderの略)御用達とも言えるかもしれない「ナベシャツ」の使用を(一時的に)中止した。 「ナベシャツ」とはいわゆる「胸つぶし」でして、女性としての身体・胸がふくらんでいるのが嫌な人はこれを平らにするために補正下着としてナベシャツを着けたりする。私もかれこれ、その存在を知ってから20年近く……ほぼ毎日かな、使っていた。 しかしそんな胸に乳がんが見つかったからさあ大変。今まで通り胸をギュギュッとつぶして良いものなのか? 少し考えて、「つぶすのはやめとこうか」となった。 ただでさえ乳房内に30mm(こないだ検査したら一ヶ月で5mm〜9mmくらい大きくなっていた……ショック!)の腫瘍が存在するのである。こいつに外側から圧を加えて無闇に負担を掛けたところで何も良いことはなさそうだ。 ちなみにたまに話題に上るが、ナベシャツと乳がんリスクの関係性について。私個人としてはこれと言ったエビデンスも無いしこのふたつに関連性は特に無いんじゃないかなと。 確かにナベシャツ着用中は胸部圧迫による呼吸困難に気をつけてねとか、長期間の着用で胸の形が〜とか、色々気をつけることはあるけど。 そもそも同じ天秤に掛けるものでもないかもしれないが、自分の身体が女性であるという性別違和感による精神的苦痛の緩和と、乳がんそのものの治療・ケアというのはなかなか両立が難しいようだ。 まあ精神の安定と物理的な生命維持(につがなるかもしれない労り)と、どちらを取るかという話になると。私は後者を選んだという訳だ。 現実的な話、乳がんが見つかるとしばらく(状況にもよるが一ヶ月くらい?)は検査、検査、検査の嵐である。CTやらMRIやら何やら、その時に金具がある下着は避けた方が良いというか避けるべきであるので、 金属のホックがありがちなナベシャツはそもそも乳腺外科の検査・診察に向かない んじゃないかなと。 そんな訳で代わりにお迎えしたのがシンプルでスポーティーなデザインのノンワイヤーブラ。近所のイオンの下着売り場とかに売ってた、メッシュ系で速乾性の800円くらいの安いやつ。 パッド一体型なの...

#06 カミングアウトは慎重さが大事

セクシャルマイノリティの世界でもそうなのだが、自分の中の重大な物事を周囲へ向けて「カミングアウト」するということは一種の「賭け」に近いものがある。 まず最初は「カミングアウトをするか? しないか?」から始まり、「誰にカミングアウトをするか?」「どんな風に言えばいいか?」「相手に不快感を与えたりしないだろうか?」「カミングアウトをすることで、今までの関係が壊れたりしないだろうか?」当事者は色んなことを考えると思う。 私の場合はまず確定診断が下りある程度の治療方針が固まった日に実家の母親に伝えた。あとはフリーランスの仕事関係でお世話になっている人たちに。治療の関係で仕事がしばらく出来なくなるかもしれない、と。 それから、趣味でやっていたSNSでもフォロワー(500人くらい)向けにヌルッと告知を。まあタイムラインに書き込みは流れて行くだけだから、気付いた人だけまあ知っといてね、くらいのスタンス。実際に面識のある人もフォロワーには沢山居るので、いちいち個別にメッセージを送って伝えて行くのは面倒だなと思った次第。 そんな中、カミングアウトに対する反応は人によって様々だった。大抵の人は少し戸惑いながらもいわゆる「大人な対応」で、少し離れた位置から「大変だね」「お大事にね」「早めに見つかって良かったね」と社交辞令的に言ってくれた。実はこれが、一番私にはありがたかった。 (重大な病気をカミングアウトされて掛ける言葉も見つからない、なんて話をよく目にするが地味にその状態こそが一番マシだったりする。ビジネスライクな態度こそが輝く瞬間も世の中にはあるのだ。) 逆にとにかく困ったのが、「何でも言ってね」「何でも相談してね」「私が何でも助けになるから」といった声を掛けて来る人。端的に言えば「メサイアコンプレックス」持ちの人への対応にだいぶ苦心した、と。 一見するとすごく親切な人のように見えるが、その人に何でも相談して何でも頼ることを強制・脅迫されているようで怖かった。 正直そっとしておいて欲しい 、と思っていたのでこのような自他の境界線(バウンダリー)を無視し、かつ具体性を欠いたアドバイスや親切と善意の押し売りはキツかった。 詳細は省くけれども、治療へと向かう心の持ちようにかなりの悪影響が出そうだったので私はその関係を一時的にせよ恒久的にせよ、治療のために断つことにした。 なんと自分勝手な、...

#05 針生検の結果を聞く

不安で不安で仕方がない「魔の2週間」を越えて、針生検の結果を聞きに行った。今回も、診察は一人だ。他に誰を連れてけって言うんだ、という気持ちだった。 検査結果は 「浸潤性の乳がん」「ルミナルB(HER2陽性)」 であると伝えられた。乳がんの確定診断が下った訳である。前回の診察・検査の時点で「ほぼ乳がんだ」と言われていたためか、2回目ともなると初回ほどのショックや動揺は無かった。(とは言え、全くショックが無かったという訳ではない) 不安に駆られながらも検査結果が出るまでの日々で調べた乳がんの情報を手に、医師へ気になることを質問したりする。治療方針は? 入院するならその期間は? 抗がん剤って? そんなことを聞いたり、答えをメモしたりした。 ある程度質疑応答が終わったところで、次回の検査の話になる。治療方針を固めて行くため、そして全身にがんが転移していないかを調べるために、今度はPET-CT検査をするのだという。この病院では出来ないから、他の大きな病院で検査してもらうと言われた。 あれよあれよと言う間に検査の予約が入れられ、診察が終わる。帰りに病院の支援センターみたいなところに行って、PET-CT検査用の注意書きが書かれた紙などをもらって説明を受けたりした。 このタイミングで、私は病院からの帰り道、遠く離れた実家で暮らす母にLINEで連絡をした。「乳がんになりました」「今後はこれこれこういう検査や治療をするようです」——すぐ電話が飛んで来て、しばらく話し込んだ。色々と話をしたのだが、 実は父方の叔母もまた乳がんで全摘していた という事実をここで初めて知った。母方の祖母だけかと思っていた。 「次の診察には付き添うからね」と言われ、遠いところからわざわざ来てくれる申し訳なさでいっぱいになる。何だか事態がどんどん大ごとになって来ている気がした。自分一人ではとてもこの状況には立ち向かえそうにない、そんな焦燥感も募った。 何をどうして良いかわからないし、何がどうなるのかもわからない。お陰でまた不安が増えて、何も動けなくなる。頭も上手く働かない。 それまで全くの無自覚・無症状だった だけに、がんの告知というものは相当にショッキングな出来事なのだなと身を持って知る。 自覚症状がないのに、精神的なショックだけで動けなくなり、食事が出来なくなり、何もかもが手につかなくなるのだ。これは私が「打...

#04 魔の2週間+α

がんの確定診断をするために「針生検」を行ったあと。担当の先生はやはり私が乳がんであることがある程度確定している前提で話を進めて来た。 がんであることはほぼ確定 だから、この後は治療方針を決めるための検査をしていくことや、ざっくりとではあるが「乳がんとは何か」「どんな風に治療するのか」といった説明を受ける。頭がだいぶ真っ白になっていたが、何とか理解しようと努める。 「乳がんである」という告知はそれはそれで大変ショックではあったが、すぐその場でわーんと泣くようなことはまだなかった。ぐっと奥歯を噛み締めて堪えていたりした。 しかし診察後に看護師さんに話しかけられ、別室で改めて病状や治療の説明を受けたりしている内にジワジワと涙が滲んで来た。その涙は、主に未知に対する不安と恐怖が主成分のような気がした。 がんって何だろう。何をされるんだろう。何をすれば良いんだろう。 母方の祖母が過去に乳がんで乳房全摘をしていたのだが、私が知っている乳がんの知識と言えばそんな程度だった。 「次回の診察は誰か信頼できる人、家族とか、そういう人と来て下さいね」と言われていたが、一番身近な家族である私の両親は「ここ」から……具体的に言うと550kmほど離れた土地に住んでいる。ほぼほぼ、日本の本州の三分の一くらい離れているのだ。 すぐになんて、来れるはずがない。そんな時間もお金も、無いじゃないか。その日はそんなことを考えながら、メソメソ泣きながら自宅に帰った。 デカい病気をしてしまったのだ……というショックと、 何となく予想はしていたけどそれでも勘弁して欲しかった という気持ちと。誰に何をどこまで話せば良いんだろうとか。混乱しているのに目まぐるしく頭をフル回転させて、それを鎮めようと必死で考えた。 とにかく乳がんに関する情報が欲しいと思い、たまたまネット検索で引っ掛かったがんの当事者用SNSに勢いで登録した。不安の吐きどころも欲しかったので、通院のメモを兼ねて状況をSNS日記に書き、公開する。 するとかなり早い段階でSNS会員である当事者の方々(いわゆる、心強い先輩方という訳だ)から反応をいただき、これからどうすれば良いのか、するべきことは何か。具体的なアドバイスを受けたりすることが出来た。これはがん告知のショックで頭が満足に回らない私にとって、大変ありがたいことだった。 しかしそれでも、乳がんに対す...