#34 がん患者を一年間やってみて
乳がんの発見と告知から一年程度が経過したので所感などを記録しておこうと思った。この一年間は控えめに言っても最悪に最悪を重ねたような、不快感・不安・恐怖と言ったものをマズいミルフィーユにしてそれを延々と食わされ続けているかのような感覚だった(もちろん今もそう)。
絶って良かった人間関係
こんな見出しにすると誤解を招くかもしれないが、がんの発見とその治療のお陰でこの一年はずっとノイローゼのようなものだったし、生活面に関しては非常に迷走していたとも言える。迷走しない人の方が少ないのではないかとも思うが。そして仲の良し悪しに関わらず、それまであったほぼ全ての人付き合いを絶ったのは正解だったと思う。人間関係における、さらにあったかもしれない(そして本来ならば受ける必要もない)様々なストレスを結果的には予防できた気がするからだ。
Twitterにもいつだったかつぶやいたが、「それが理解できる人と、理解のできる話をする」というのはとても大切で。私の場合はそれが単にお世話になる主治医や看護師、薬剤師など病院の医療チームだったというだけの話である。
長年SNSやLINEでつながっているから病状や治療の状況について外部に全てを話さなくてはならない、という義務は無いし私は「何を話し何を話さないか」「どこで話し話さないか」「誰に話して誰に話さないか」を「選んでも良い」のである。
この一年で直接的なやり取りをしたのは仕事関係や関わっているプロジェクトの担当者、数えて3人程度にそれぞれ文字チャット等で数回という具合。
中には何かとzoom等のビデオ通話で打ち合わせをしたい人というのも居たが諸々の理由で断る時はきちんと断り、代替手段としてメールで内容を送ってもらうこともあった(基本的にビデオ通話は好きではない)。
その際にもまず相手は「そもそも作業が出来るのか、私の体調はどうなのか」確認する所から始めなければならず、少なからず相手の負担になっているだろうことは安易に予測できるため返事をする時はなるべく簡潔かつ事務的に、病気のことは必要なこと(例えばこの期間は入院・手術で身動きが取れない等)以外は表に出さずに、を心掛けている。
他者を交えて何かをするにあたって相手が知りたいのは「私がその作業が出来るか、出来ないか」「出来るならどの位出来るのか、出来ないならどの程度出来ないのか」という具体的な判断と意思表示であり、やれ今は病気が辛いだのしんどいだの抗がん剤の副作用で起き上がれなくて大変だからどうのこうのと、そういう「お気持ち」的かつ余計な情報は相手には本来ならば最初から最後まで要らないのである。
もし私がダウンしているのであれば早急に相手には代替手段の模索や他の人材を当たってもらいたいし、時間的にも心理的にも関わっているプロジェクトの足手まといに進んでなるつもりは無い。事務的な態度、ビジネスライクという態度が、こういう時こそ役に立つ。
それに、自分が外界や他者に対して放つ感情にそれほどの価値があるとも思えない。
アイデンティティ・クライシスに備える
さて、がんの治療をして行く上で、まずは「私は(今後も生きるために)がんの治療をするのだ」という意思決定が必要になる訳だが「弱々しいがん患者を故意に演じてもしょうがない」とは感じる。これは精神疾患の当事者にもよくあることなのだが、病気であることがアイデンティティになり変わってしまい思考や立ち回り、判断基準が歪んでしまうのは避けたいところである。
ミュンヒハウゼン症候群とまでは行かないにしろ色々見失ってしまうものも出て来るので、先の仕事の話ではないが大丈夫なら「私は(今は)大丈夫だ」というサインを必要に応じて外界に対しきちんと自信をもって出す必要がこれまで以上にあると思った。
(アイデンティティ・クライシスついでに病気が持つスティグマとも今後は戦う必要が出て来るように思う。)
当事者として病識を持ち適切な行動・治療を行うことはもちろん大切だが、病気そのものの症状や闘病がつらいあまりに、それに根本的な自我や自己まで食い荒らされ飲み込まれないように注意をした方が良い。
病気等の状態にアイデンティティを置いてしまう現象に何か名前はついていただろうか、と検索したら真っ先にがん患者のアイデンティティに関する論文が出て来たので読んだ。
大正大学大学院人間学研究科福祉・臨床心理学専攻 河田 純一
がん経験の中で再構成される自己アイデンティティ ——ライフプランニングにおける就労に注目して——
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jshms/29/2/29_290212/_pdf/-char/ja
様々な原因によって引き起こされるアイデンティティ・クライシスの予防としては、自分を定義するものとしていくつかサブタイプを持っておくのが良いと個人的には思う。
乳がんにもホルモン受容体がどうとか、HER2がどうとかのサブタイプが存在するがこの「サブタイプ」という言葉は社会心理学の中にも存在する(もっと言えばこれはかなり普遍的な言葉であり、他にもプログラミングなど色んな分野に浸透している)。
乳がんにもホルモン受容体がどうとか、HER2がどうとかのサブタイプが存在するがこの「サブタイプ」という言葉は社会心理学の中にも存在する(もっと言えばこれはかなり普遍的な言葉であり、他にもプログラミングなど色んな分野に浸透している)。
社会心理学におけるサブタイプは簡単に言えば既存のステレオタイプに「別にそれだけじゃないし」とジャブを打つためのものである。私はこれを普段は揺れがちな自分のジェンダーアイデンティティ(男か、女かという大まかには二分しかない現状)から目を逸らすためにやっているが、がん患者というステータスについても適用した方が良いなと感じた。
「出来ること」や「好きなこと」で自分というものを脇から固めていく訳である。
クラウドコントロールが大事
ゲーム(特にアクションRPGやシューター系RPGなど)をしていると、敵と戦う際に直接的なダメージを与えるための攻撃の他に戦場とその状況を支配する「クラウドコントロール」が有効かつ必要な場面に出くわすことがある。例えば戦闘を有利に進めるために自分に体力が自動回復する・防御力や攻撃力をアップするバフ(有益な効果)を付与したり、逆に敵には不利に(=結果としてプレイヤーたる自分には有利に)なるようなデバフを与えたりする訳だが、がん治療および闘病に関してもこのクラウドコントロールが上手くなれば状況もだいぶ変わるだろうということを学んだ。
むしろ、がんが遠隔転移していたらもう「直接撃破は無理、クラウドコントロールしか出来ない」状況になるのではないかという思いがあるのでこの辺りは「こうなったら次はこうする」的な思考のテンプレートのひとつとして持っておきたいと思った。
まあ早い話ががん治療・闘病におけるクラウドコントロール=緩和ケアなんだろうけども。
ゲームが上手い人は大抵クラウドコントロールも上手いので、人生においてもかくありたいなあと思う訳だ。分かりやすい言葉で言えば「世渡り」がそれに相当するだろう。
ゲームが上手い人は大抵クラウドコントロールも上手いので、人生においてもかくありたいなあと思う訳だ。分かりやすい言葉で言えば「世渡り」がそれに相当するだろう。
余談
手術後の抗がん剤(カドサイラ療法)が一年くらい続くと知ってゲンナリしている。放射線治療で痛めた肩は未だに痛い。
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