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#39 年末年始の動き

しばらく乳がんの治療やそれに関わる生活のことなどをブログに書くのをサボっていたと言うか、控えていました。とりあえずカドサイラ療法は変わらず続いているし、それ自体は粛々と回数を重ねるだけで完走へ向けて進んでいるというだけです。 この記事を書いている2024年1月中旬時点ではカドサイラも12回の投与が終わり、あと2回で予定していた全14回を完了します。なので今回はその前後にあったことなどを記録としてまとめておこうと思います。 手術の傷口がようやく綺麗になった いやあ、長かったです。2023年の1月末に左胸全摘+腋窩リンパ節郭清の手術を行なった訳ですが、この傷口の経過と言いますか。その直後から始まった放射線治療のせいでどうにも審美的な意味で納得のいかない期間が続いておりまして。 結果として、放射線治療が完了した後、半年後くらいのタイミングでようやく放射線に焼けて黒ずんでいた皮膚が綺麗になりました。やっと、何となく風呂上がりに自分の体を鏡で見てみて「まさに傷は漢の勲章だよなあ」などと思えるようになって来ました。 クローゼットで働き始めた 去年の暮れ頃から、短時間のパートでの仕事を開始しました。ええ、前回あれほどハロワと長期療養者就職支援事業について文句や恨みつらみを吐いていた私でしたが……まあ、受かったんです。運が良かったとしか言いようがありません。 がん患者専門の支援員さん(この方自身もがんを経験されているのだそう)の指導の下、二人で「これなら今の体力的・能力的に仕事をこなせる種類の求人なのではないか」と相談したり、出来そうな求人を紹介してもらったり。確か夏頃から求職活動を本格的に再開したので、こうした手探りの期間は2〜3ヶ月は続きました。 支援員さんのアドバイス通り、求人へ応募する際は自分が乳がん患者であることは一切伏せました。ぶっちゃけ、そうしないと書類選考すらまず通過出来ないからです。残酷なようですが、それが現実です。私個人としては、まあ性自認や性指向に加えて「クローゼットにしておくべきことがもう一個増えた」という訳ですね。2個も3個も大して変わらんか、と言った具合です。 最近は既往歴の情報なんかも個人情報・プライバシーの侵害に相当する場合がありますし、大抵の人は(その当事者でもなければ)病気に対して誤った先入観を持っているというのが常でしょうから、よほど「がん患者...

#38 長期療養者就職支援事業を使う

私は一旦仕事を止めて次の仕事を探している間に乳がんが発覚したので、治療を優先するために求職活動を一時停止していた。本当は在宅だろうが単発の仕事だろうが収入を得るために、治療費を少しでも賄うために、とにかく早く働きたくてしょうがなかったが周囲からはまだその段階ではない、焦るな、今は治療に専念しろと諭され今に至る。 それで一年間治療に専念した訳だが、手術が終わり傷の経過もまあまあ良好、手術後の抗がん剤治療も少しは副作用がマシで動けなくはない。なら動くべきだ、ということで ハローワークの「がん患者の就職支援を行う窓口」こと「専門援助部門」「長期療養者職業相談窓口」 に連絡を入れたのだった。(※部門や窓口の名称は自治体によって違うかもしれない) 実は私、この「専門援助部門」には以前も来たことがある。実際来るまで忘れていたが、長引くうつ病治療を理由に障害者手帳を取得していた時期にもお世話になった窓口なのだ。で、担当の支援員さんは開口一番に言う訳だ。「障害者手帳はまだ持ってる?」と。 早い話が、がん患者として再就職先を探すより障害者として障害者枠に滑り込んだ方が「手っ取り早くて確実である」ということである。(言い方は良くないが。)ちなみに私はとっくの昔に障害者手帳は役所に返納しており、現在は持っていない。 実際、窓口ではがん患者の再就職に関する支援を専門の支援員さんがマンツーマンでアレコレ行ってはくれるが、 ぶっちゃけた話、企業側の求人に「がん患者枠」というものは存在しないしがん患者への配慮があるとか病気を受け入れた上で雇う下地や前提が出来ている企業が専門的に登録されているとか、そういうことはほぼ「無い」。 つまりがん患者の就労に対して何の準備も前提も共有されていない企業にがん患者として、もしくはがん患者であることを言わないで(働けるくらい元気ならそもそも個人情報である病気のことは詳細を言う必要はない、というスタンス)、明らかに不利な状態で就職活動しろということである。これはメンタルヘルス系の疾患や発達障害、さらにその他「微妙なラインの持病」を抱えている人も似たようなものかと思う。 あまりがん患者であること、病人であること自体にアイデンティティを置くなとも取れるし、逆に解釈すれば例えがん患者であったとしても「比較的、心身共に元気な人しか採りませんよ」的な思想が透けて見えたりもす...

#37 カドサイラ 5/14回目

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 前々回、「カドサイラはあまり書くことがない」と書いた。しかし5回目ともなると少し状況も変わってくる。多分副作用だろう、と思われる症状が蓄積・累積で出て来たのか気になるようになって来た。 その一つに、便秘がある。 私は元々、過敏性腸症候群の「ハイブリッド型(勝手にそう呼んでいる)」で便秘と下痢を交互に繰り返すタイプだった。それが、ここのところはすっかり便秘ばかりなのである。 病院から処方されている便秘薬(マグミット)を飲むとそれなりに効いてお通じは良くなるが、「ああ、良くなったな」と油断して飲むのを止めるとまたすぐ頑固な便秘になる。 これはマズイなあ、と思ってしばらく運用を止めていた「お通じカレンダー」を再び開始することにした。スマホのカレンダー機能に専用の「お通じカレンダー」を作り、お通じがあったら「予定」としてイーロン・マスクよろしく「💩」とだけ入力するアレである。 カレンダーなら入力した時点での時刻も自動入力してくれるのでとても良い(iPhone、Mac OS標準搭載のカレンダー機能の場合)。 そしてどうでもいい情報かもしれないが、私がお世話になっている乳腺外科の化学療法室は賑やかな現場だ。割と混む病院、そして混むケモ室なのだが、そこで働く看護師さんたちがとてもエネルギッシュというか、明るいというか、雰囲気が良い。 化学療法となるとそこに通う患者さんも数ヶ月〜年単位で定期的に顔を合わせる訳だから、良好な関係を構築するに越したことはない。こういった雰囲気が合わないと感じる人も居るだろうが、とりあえず私との相性は良さそうだった。 何故なら、その雰囲気の明るさ等が「高度に訓練されている」というのがなんとなく理解出来たからだ。 今回なんて、訪れた患者さんへ化学療法室での治療の開始を10分程度待ってもらう必要がある時に「ちょっと今、満員御礼なんで待っててくださいね〜!」とか言っていた。 「高架下の居酒屋か!」と思わず心の中で突っ込んでしまった。楽しそうな現場で何よりです、となる。(そういえば居酒屋なんてもう2年近く行ってない気がする。そもそも酒を飲まなくなったし外食は控えたいしで) そしてカドサイラの点滴を受けている時、少し気になることもあった。 点滴がそろそろ終わる頃に毎回血圧を測ってもらって居るのだが、その血圧が妙に高い のだ。 点滴治療前&採血後にも血圧...

#36 「乳がんノート」1冊目が書き終わりました。

「乳がんノート」1冊目が書き終わりました。 治療を始めてから、今日でちょうど一年くらいの月日が経ちました。 まずは一年。これから先、何年続くのかは分かりません。 しかし記録をつける、ということは大切だと感じました。 何をして、いつ、どうなった。データが残るということです。 「私自身」がしっかり残る、という必要性は特に考えていません。 今回は「たまたま」乳がんだったというだけで、この先いつになるかは予測もつきませんが寿命が来れば人は今生を退場しなくてはなりません。実に様々な要因で、人は窮地に陥ったり、死んだりする訳ですから。 「この先の人生を良いものにしよう」だとか、「第二の人生を」だとか、そういうことも考えていません。たかだか40年程度の「人生」ですが、経験上、この「人生」という言葉を中心に置いて物事を考えたり、何かを言ったりしていると、大抵それは破綻するんです。 タイミングの問題だと思います。 今は単に、大げさなマクロの視点よりも「ミクロの積み重ね」が適切なのだと感じます。 そうした上で、私は「次」に進もうと思います。 終わるのでもなく、始まるのでもなく、続くのでもなく、「次」、です。 2023.7.25 まこと これは、私が今日書き終わった「乳がんノート」の最後の1ページに書いた文章である。手書きでじっくり書く時間は、時間こそ食うものの落ち着く時間でもある。 最近巷ではジャーナリングが流行っているが、私はどちらかと言えばユビキタスキャプチャ派である。文房具沼の住人の間で、モレスキンの手帳が流行った時期があった。そう、あの頃の話だ。震災の1、2年くらい前だったと思う。 ちなみに私が「乳がんノート」として日々の病状などを記録しているノートはミドリの「MDノートライト」である。あの軽くて3冊セットのやつね。 MDノートライト|ミドリオンラインストア www.midori-store.net 最近の気付きとしては、「エントロピー増大の法則」がある。 物理学者のシュレディンガーが提唱した、「物事は放っておくと乱雑・無秩序・複雑な方向に向かい、自発的に元に戻ることはない」というものだ。 そしてシュレディンガーは同時に、 「生命はエントロピー増大の法則に立ち向かう戦い」 であると定義したそうな。 エントロピーとその増大に関する言葉は何となく知ってはいたが、シュレディンガー自身...

#35 カドサイラはあまり書くことがない

術後のカドサイラ療法が始まった 手術後の放射線治療を終えた後、今度は術後の抗がん剤治療がスタートした訳だがこれと言って書くことがない。まあそれ位、副作用が軽微なのだと言い換えることも出来るが副作用は決して何も無い訳ではない。今回はそのメモのようなもの。 元々、手術前は術後は抗HER2薬であるハーセプチン+パージェタのみという予定だった。しかしどうやらこれは「手術でキレイサッパリとがんの腫瘍が取れていた場合のこと」だったようで、術後の病理検査で 「あれ? 浸潤性小葉がんっぽいし思いの外細かく散らばってるんじゃね?」 という話になり予定が変更されたという訳だ。 そんなこんなで始まったのが「カドサイラ療法」と呼ばれるものだ。薬剤師さんの説明によると、これは 抗がん剤というトラックに分子標的薬という作業員が乗って患部までブッブー! と一緒に行くようなイメージ らしく。お陰で点滴の時間がかなり時短となる。 なおそれぞれ単体で投与するよりも副作用が抑えられるそうだ。 ドセハーパーが大体2〜3時間掛かったのに対し、カドサイラは初回こそ90分程度だが2回目以降は30〜40分程度。とても素早い。私は大体午前中に点滴の予約を取っているのだが、まあ午前中にすんなり終わるという感じだ。 ちなみにカドサイラ自体は2020年に適用範囲が拡大された(適応追加承認を取得した)ばかりとのこと。少し前までは再発した患者さんだけだったのが、初発でも使えるようになったそうだ。ありがたい。 カドサイラ、HER2陽性の早期乳がんにおける術後薬物療法に対し適応追加の承認を取得(中外製薬、2020年08月21日付のプレスリリース) www.chugai-pharm.co.jp カドサイラは全部で14クールやる。ので、合計で1年ちょっとくらいの期間カドサイラ漬けになるということだな。 カドサイラの副作用メモ 個人的なカドサイラの副作用メモ。 点滴後、一週間くらいは吐き気やらそれによる食欲不振やら、また体のだるさや関節の痛みなどがある。手術前にやったACやドセタキセルほどではないものの、吐き気自体は結構来るので吐き気止めや胃腸薬を処方してもらってそれをせっせと飲んでいる。飲むとだいぶマシになる。 薬剤師さんに説明された、注意すべき主な副作用は以下の通り。 ・鼻血が出やすくなる人がいる(血小板低下のため) ・だるさ、倦...

#34 がん患者を一年間やってみて

乳がんの発見と告知から一年程度が経過したので所感などを記録しておこうと思った。この一年間は控えめに言っても最悪に最悪を重ねたような、不快感・不安・恐怖と言ったものをマズいミルフィーユにしてそれを延々と食わされ続けているかのような感覚だった(もちろん今もそう)。 絶って良かった人間関係 こんな見出しにすると誤解を招くかもしれないが、がんの発見とその治療のお陰でこの一年はずっとノイローゼのようなものだったし、生活面に関しては非常に迷走していたとも言える。迷走しない人の方が少ないのではないかとも思うが。 そして仲の良し悪しに関わらず、それまであったほぼ全ての人付き合いを絶ったのは正解だったと思う。人間関係における、さらにあったかもしれない(そして本来ならば受ける必要もない)様々なストレスを結果的には予防できた気がするからだ。 Twitterにもいつだったかつぶやいたが、 「それが理解できる人と、理解のできる話をする」というのはとても大切 で。私の場合はそれが単にお世話になる主治医や看護師、薬剤師など病院の医療チームだったというだけの話である。 長年SNSやLINEでつながっているから病状や治療の状況について外部に全てを話さなくてはならない、という義務は無いし私は 「何を話し何を話さないか」「どこで話し話さないか」「誰に話して誰に話さないか」を「選んでも良い」 のである。 この一年で直接的なやり取りをしたのは仕事関係や関わっているプロジェクトの担当者、数えて3人程度にそれぞれ文字チャット等で数回という具合。 中には何かとzoom等のビデオ通話で打ち合わせをしたい人というのも居たが諸々の理由で断る時はきちんと断り、代替手段としてメールで内容を送ってもらうこともあった(基本的にビデオ通話は好きではない)。 その際にもまず相手は「そもそも作業が出来るのか、私の体調はどうなのか」確認する所から始めなければならず、少なからず相手の負担になっているだろうことは安易に予測できるため返事をする時はなるべく簡潔かつ事務的に、病気のことは必要なこと(例えばこの期間は入院・手術で身動きが取れない等)以外は表に出さずに、を心掛けている。 他者を交えて何かをするにあたって相手が知りたいのは「私がその作業が出来るか、出来ないか」「出来るならどの位出来るのか、出来ないならどの程度出来ないのか」という 具...

#33 放射線治療あれこれ

さて、無事に手術が終わり術後の病理検査も結果が分かったら今度は放射線治療である。 正直、私は放射線治療が面倒だと感じ手術前からそれを回避したくて「手術は全摘で!」と主治医にお願いしていた面もあったのだが……なんと、胸を全摘しても放射線治療をやるということになったのであった。 全摘しても術後の放射線治療をやる可能性はある。 一ヶ月も毎日毎日病院に通うなど面倒臭くてやってられない、全摘すればそれが回避できると(ネットや書籍などの情報から)信じていた私にとってこれは青天の霹靂だった。 後で家族に確認したら「先生前から放射線もやるって言ってたでしょ」と言われたが。 患者本人は意外と(むしろ本人に都合の悪いことは)覚えていないものである。 (なお、放射線治療に加えて手術後は抗がん剤治療も再びやることになってしまい割とゲンナリした。) そんなこんなで放射線治療である。私の場合は手術や治療でお世話になっている病院では放射線治療を行うための設備が無いため、別の大きな総合病院の放射線治療科でやることになった。 何でも私の住んでいる自治体ではそこにしか放射線治療のための設備がなく、そこ以外だと隣の市の病院まで行かねばならないということだった。放射線治療が可能な病院というのは、少ないのかもしれない。 そしてその病院は、私の乳がんが判明した時に「治療を受けたい病院」としてチョイス、最初に紹介してもらった自治体の「がん診療連携拠点病院」でもあった。 その時は紹介状有りでも初診まで二週間待ちということで、「早急に治療を開始したかった&医師にもそう勧められていた」私は現在の乳腺外科に落ち着くこととなったのだが。 まさかこんな時に接点が出て来るとは思わなかった。 放射線治療はまず治療用のCTを撮ることから始まる。治療台に寝て、宇宙船のような機械で写真を撮ったり、技師さんに体にマークを書かれたりと色々なことをされるのである。私の場合は「TrueBeam」という名前の機械だった。 そして無事にCT撮影とそれによるシミュレーション?が終われば治療のスケジュールを組んで開始である。 放射線治療のスケジュールは直前まで確定しないものらしく、午前か午後かの希望くらいは出せたが細かい時間は病院側というか放射線技師側が決める。 私の場合は午後を指定し、無事午後の時間でスケジュールが組めた。巷では午前が人気の時間帯...