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#36 「乳がんノート」1冊目が書き終わりました。

「乳がんノート」1冊目が書き終わりました。 治療を始めてから、今日でちょうど一年くらいの月日が経ちました。 まずは一年。これから先、何年続くのかは分かりません。 しかし記録をつける、ということは大切だと感じました。 何をして、いつ、どうなった。データが残るということです。 「私自身」がしっかり残る、という必要性は特に考えていません。 今回は「たまたま」乳がんだったというだけで、この先いつになるかは予測もつきませんが寿命が来れば人は今生を退場しなくてはなりません。実に様々な要因で、人は窮地に陥ったり、死んだりする訳ですから。 「この先の人生を良いものにしよう」だとか、「第二の人生を」だとか、そういうことも考えていません。たかだか40年程度の「人生」ですが、経験上、この「人生」という言葉を中心に置いて物事を考えたり、何かを言ったりしていると、大抵それは破綻するんです。 タイミングの問題だと思います。 今は単に、大げさなマクロの視点よりも「ミクロの積み重ね」が適切なのだと感じます。 そうした上で、私は「次」に進もうと思います。 終わるのでもなく、始まるのでもなく、続くのでもなく、「次」、です。 2023.7.25 まこと これは、私が今日書き終わった「乳がんノート」の最後の1ページに書いた文章である。手書きでじっくり書く時間は、時間こそ食うものの落ち着く時間でもある。 最近巷ではジャーナリングが流行っているが、私はどちらかと言えばユビキタスキャプチャ派である。文房具沼の住人の間で、モレスキンの手帳が流行った時期があった。そう、あの頃の話だ。震災の1、2年くらい前だったと思う。 ちなみに私が「乳がんノート」として日々の病状などを記録しているノートはミドリの「MDノートライト」である。あの軽くて3冊セットのやつね。 MDノートライト|ミドリオンラインストア www.midori-store.net 最近の気付きとしては、「エントロピー増大の法則」がある。 物理学者のシュレディンガーが提唱した、「物事は放っておくと乱雑・無秩序・複雑な方向に向かい、自発的に元に戻ることはない」というものだ。 そしてシュレディンガーは同時に、 「生命はエントロピー増大の法則に立ち向かう戦い」 であると定義したそうな。 エントロピーとその増大に関する言葉は何となく知ってはいたが、シュレディンガー自身...

#35 カドサイラはあまり書くことがない

術後のカドサイラ療法が始まった 手術後の放射線治療を終えた後、今度は術後の抗がん剤治療がスタートした訳だがこれと言って書くことがない。まあそれ位、副作用が軽微なのだと言い換えることも出来るが副作用は決して何も無い訳ではない。今回はそのメモのようなもの。 元々、手術前は術後は抗HER2薬であるハーセプチン+パージェタのみという予定だった。しかしどうやらこれは「手術でキレイサッパリとがんの腫瘍が取れていた場合のこと」だったようで、術後の病理検査で 「あれ? 浸潤性小葉がんっぽいし思いの外細かく散らばってるんじゃね?」 という話になり予定が変更されたという訳だ。 そんなこんなで始まったのが「カドサイラ療法」と呼ばれるものだ。薬剤師さんの説明によると、これは 抗がん剤というトラックに分子標的薬という作業員が乗って患部までブッブー! と一緒に行くようなイメージ らしく。お陰で点滴の時間がかなり時短となる。 なおそれぞれ単体で投与するよりも副作用が抑えられるそうだ。 ドセハーパーが大体2〜3時間掛かったのに対し、カドサイラは初回こそ90分程度だが2回目以降は30〜40分程度。とても素早い。私は大体午前中に点滴の予約を取っているのだが、まあ午前中にすんなり終わるという感じだ。 ちなみにカドサイラ自体は2020年に適用範囲が拡大された(適応追加承認を取得した)ばかりとのこと。少し前までは再発した患者さんだけだったのが、初発でも使えるようになったそうだ。ありがたい。 カドサイラ、HER2陽性の早期乳がんにおける術後薬物療法に対し適応追加の承認を取得(中外製薬、2020年08月21日付のプレスリリース) www.chugai-pharm.co.jp カドサイラは全部で14クールやる。ので、合計で1年ちょっとくらいの期間カドサイラ漬けになるということだな。 カドサイラの副作用メモ 個人的なカドサイラの副作用メモ。 点滴後、一週間くらいは吐き気やらそれによる食欲不振やら、また体のだるさや関節の痛みなどがある。手術前にやったACやドセタキセルほどではないものの、吐き気自体は結構来るので吐き気止めや胃腸薬を処方してもらってそれをせっせと飲んでいる。飲むとだいぶマシになる。 薬剤師さんに説明された、注意すべき主な副作用は以下の通り。 ・鼻血が出やすくなる人がいる(血小板低下のため) ・だるさ、倦...

#34 がん患者を一年間やってみて

乳がんの発見と告知から一年程度が経過したので所感などを記録しておこうと思った。この一年間は控えめに言っても最悪に最悪を重ねたような、不快感・不安・恐怖と言ったものをマズいミルフィーユにしてそれを延々と食わされ続けているかのような感覚だった(もちろん今もそう)。 絶って良かった人間関係 こんな見出しにすると誤解を招くかもしれないが、がんの発見とその治療のお陰でこの一年はずっとノイローゼのようなものだったし、生活面に関しては非常に迷走していたとも言える。迷走しない人の方が少ないのではないかとも思うが。 そして仲の良し悪しに関わらず、それまであったほぼ全ての人付き合いを絶ったのは正解だったと思う。人間関係における、さらにあったかもしれない(そして本来ならば受ける必要もない)様々なストレスを結果的には予防できた気がするからだ。 Twitterにもいつだったかつぶやいたが、 「それが理解できる人と、理解のできる話をする」というのはとても大切 で。私の場合はそれが単にお世話になる主治医や看護師、薬剤師など病院の医療チームだったというだけの話である。 長年SNSやLINEでつながっているから病状や治療の状況について外部に全てを話さなくてはならない、という義務は無いし私は 「何を話し何を話さないか」「どこで話し話さないか」「誰に話して誰に話さないか」を「選んでも良い」 のである。 この一年で直接的なやり取りをしたのは仕事関係や関わっているプロジェクトの担当者、数えて3人程度にそれぞれ文字チャット等で数回という具合。 中には何かとzoom等のビデオ通話で打ち合わせをしたい人というのも居たが諸々の理由で断る時はきちんと断り、代替手段としてメールで内容を送ってもらうこともあった(基本的にビデオ通話は好きではない)。 その際にもまず相手は「そもそも作業が出来るのか、私の体調はどうなのか」確認する所から始めなければならず、少なからず相手の負担になっているだろうことは安易に予測できるため返事をする時はなるべく簡潔かつ事務的に、病気のことは必要なこと(例えばこの期間は入院・手術で身動きが取れない等)以外は表に出さずに、を心掛けている。 他者を交えて何かをするにあたって相手が知りたいのは「私がその作業が出来るか、出来ないか」「出来るならどの位出来るのか、出来ないならどの程度出来ないのか」という 具...

#33 放射線治療あれこれ

さて、無事に手術が終わり術後の病理検査も結果が分かったら今度は放射線治療である。 正直、私は放射線治療が面倒だと感じ手術前からそれを回避したくて「手術は全摘で!」と主治医にお願いしていた面もあったのだが……なんと、胸を全摘しても放射線治療をやるということになったのであった。 全摘しても術後の放射線治療をやる可能性はある。 一ヶ月も毎日毎日病院に通うなど面倒臭くてやってられない、全摘すればそれが回避できると(ネットや書籍などの情報から)信じていた私にとってこれは青天の霹靂だった。 後で家族に確認したら「先生前から放射線もやるって言ってたでしょ」と言われたが。 患者本人は意外と(むしろ本人に都合の悪いことは)覚えていないものである。 (なお、放射線治療に加えて手術後は抗がん剤治療も再びやることになってしまい割とゲンナリした。) そんなこんなで放射線治療である。私の場合は手術や治療でお世話になっている病院では放射線治療を行うための設備が無いため、別の大きな総合病院の放射線治療科でやることになった。 何でも私の住んでいる自治体ではそこにしか放射線治療のための設備がなく、そこ以外だと隣の市の病院まで行かねばならないということだった。放射線治療が可能な病院というのは、少ないのかもしれない。 そしてその病院は、私の乳がんが判明した時に「治療を受けたい病院」としてチョイス、最初に紹介してもらった自治体の「がん診療連携拠点病院」でもあった。 その時は紹介状有りでも初診まで二週間待ちということで、「早急に治療を開始したかった&医師にもそう勧められていた」私は現在の乳腺外科に落ち着くこととなったのだが。 まさかこんな時に接点が出て来るとは思わなかった。 放射線治療はまず治療用のCTを撮ることから始まる。治療台に寝て、宇宙船のような機械で写真を撮ったり、技師さんに体にマークを書かれたりと色々なことをされるのである。私の場合は「TrueBeam」という名前の機械だった。 そして無事にCT撮影とそれによるシミュレーション?が終われば治療のスケジュールを組んで開始である。 放射線治療のスケジュールは直前まで確定しないものらしく、午前か午後かの希望くらいは出せたが細かい時間は病院側というか放射線技師側が決める。 私の場合は午後を指定し、無事午後の時間でスケジュールが組めた。巷では午前が人気の時間帯...

#32 浸潤性小葉癌(小葉がん)って何ですか

手術後の病理検査で出て来た「ILC」「浸潤性小葉癌」の話。 始めに断っておくが、浸潤性小葉癌については調べてもあまり情報は出てこなかった。「患者さんのための乳癌診療ガイドライン2019年版」など乳がん関係の本も読んでみたのだが、二言、三言程度の説明があるくらいでこれといった情報はなかった。 「小葉がん」というのがとりあえずどんなものかを解説してくれている論文(PDF)を見つけたので貼り付けておく。30年も前の大変古い論文なのだが、病理のあらましを知るくらいならちょうど良いだろうと思う。 乳腺小葉癌の臨床病理学的検討 https://www.jstage.jst.go.jp/article/ringe1963/54/7/54_7_1712/_pdf また、最近の情報となると京都乳癌研究ネットワーク(KBCRN)の会議資料内にあるリレーミニレクチャー「特殊乳癌の病理」という、スライドをPDF化したものが大変親切で分かりやすかった。 京都乳癌研究ネットワーク(KBCRN)>KBCRNについて https://www.kyoto-breast-cancer.org/jp/about/ 「特殊乳癌の病理」第1回 Invasive Lobular Carcinoma 浸潤性小葉癌 https://www.kyoto-breast-cancer.org/jp/regular/pdf/lecture01.pdf (一部 切り取られた乳房の検体の写真などが出て来る ので、苦手な人は注意) とりあえず、すぐに頭に入って来た浸潤性小葉癌(小葉がん)の情報としては、 ・特殊型乳がん(希少がん)である ・乳がん全体の5〜15%程度の発現(特殊型乳がんとはいえ、その中では一番の多数派) ・(今のところは)乳がんの中の多くを占める非特殊型である「浸潤性乳管癌」に準拠した治療方法を取る ・「浸潤性乳管癌」と転移しそうな場所が若干違う ・がん細胞が細かく散らばる傾向があるので部分切除ではなく全摘がおすすめされることもある ・しばしば両側性 ・古典型と多型型というのがある ・乳管癌、小葉癌の別は予後に影響を与えない(特殊型だからと言って何か身構える必要は「今のところは」無い) くらいだろうか。 なお、私は治療開始前の針生検時には「IDC」すなわち「浸潤性乳管癌」であると判定されていた&主治医も部分切除...

#31 手術から一ヶ月、病理検査の結果が出た

乳がんの手術が終わって退院して自宅に戻って来て、一ヶ月ほどが経過した。割とあっという間の一ヶ月であった。その間何をしていたかと言うと、ひたすらリハビリをしたり、病理検査結果を理解するための情報収集・勉強などをしていた。 意味不明な手術後の病理検査の結果 全摘した左胸をスライスして何だかんだ調べた結果である「病理組織検査報告書」と言う書類をもらったのだが、専門用語というかアルファベットの略語が分からな過ぎて色々調べた。検査結果の順にメモしていく。 「IDCかILCか鑑別するためにE-カドヘリンの免疫染色を行った」 「腫瘍細胞は全体がほぼ陰性」「本検体内では、ILCの所見」 →IDC:「Invasive Ductal Carcinoma」の略、「浸潤性乳管癌」のこと。 →ILC:「Invasive Lobular Carcinoma」の略、「浸潤性小葉癌」のこと。 →E-カドヘリン:上皮細胞の接着分子であり、様々な上皮の構築維持に関与しているタンパク質。浸潤性小葉癌だとこれが働かなくなり、免疫染色においては例外を除いて陰性となることがほとんど。 「標本内では腫瘍細胞は孤立散在性で小葉癌様」 →孤立散在性:小葉癌だと散らばる傾向がある →小葉癌:浸潤性小葉癌。乳がんはその90%ほどが「浸潤性乳管癌」であるという。浸潤性小葉癌はその他の10%にあたる「特殊型」の乳がんであり、その特殊型の中では一番多いタイプ(乳がん全体から見ると約5%を占める、近年増加傾向にある)。 「術前療法の効果:Grade 2a」 →Grade 3でいわゆる「完全奏功」だと聞いた。前向きに解釈すれば、手術前の抗がん剤等は「まあまあ効いた」ということか。 「残存成分の評価でpT1c」 →pT1c:リンパ節転移陽性 「リンパ節転移:1/ 15 (3. 5mm) ypN1a」 →腋窩リンパ節郭清でリンパ節を15個取った、その内の1個に転移していた。 →ypN1a:最大径が2mmを超えるリンパ節転移が1-3個残っていた、という意味。 「Ly1, V0」 →Ly1:リンパ管侵襲の有無、評価。Ly1はリンパ管侵襲有り。 →V0:血管侵襲(静脈侵襲)の有無、評価。V0は血管への侵襲が無い。 「NA3, M1,TF3 → NG2, HGII」 →NA3:N3aと同義か。所属リンパ節への転移の状態を指す。N3aは鎖骨下...

#30 乳房全摘・リンパ郭清 そして術後

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先日、無事に左乳房の全摘手術を終えて退院して来た。私は厳密にはFtM(女性から男性へ、を望む人)ではないのだが、FtM的に言えば「胸オペ」というやつである。まあ、性別適合手術における胸オペと乳がんの手術は目的も用途も全く違うものではあるが。 しかしながら、手術後に無くなった自分の胸(の手術痕)を見て最初に感じたのは「ああー胸オペした人の気持ちが何か分かる気がする」だった。 がんの腫瘍という「悪いもの」を外科的処置で取ってもらい、なおかつ乳房という私にとって「全くもって要らないもの」を取ってもらったのだ。片方だけだけど。棚ボタラッキーってこのことだな、とつくづく思った。 手術をするまでは「入院+全身麻酔+手術」という行為がそもそも人生初であるし怖くて不安でしょうがなかった&こんな体でも、ボディイメージが不可逆的に変わることについて何か気持ち的にあるんじゃないかと思っていたのだけど。 びっくりするほど何も無かった。手術前の自分に言ってやりたい。 「意外とそんなんどうでもいいし大丈夫だった」 と。 日数的には、入院期間は約9日。術後7日目での退院だった。部屋は病院の意向で終始個室であった(なお病院の方針で差額ベッド代は無し)。 以下に入院と手術後の様子をまとめる。 入院1日目 午後14時頃に病院へチェックイン(ホテルではないのだが、適当な言葉が見つからなかった)。手術の説明などを受けていたらあっという間に夕方になっていた。この日はもう20時までにシャワー浴びて終わり。 初めて病院食なるものを食べる。昔から「病院食は味が薄い」などと言われるのを聞いて来たが、味覚障害のある身としては味が薄いとかいうのは全くなかった。むしろ美味しい。 病院のベッドにはあったかいフワフワの毛布が存在しない=掛け布団のみなのだということを知って若干残念な気分になる。ブランケット症候群には忍耐が必要な環境である。 夕飯を食べたら21時から絶食(水のみOK)。明日は丸一日何も食べられない。 入院2日目(手術日) Twitterで散々見た浮腫み対策の「ワープ靴下」を履いていざ手術の準備である。私もワープする時がついに来たのである。 ワープと言えば私はドラマ「新スタートレック」が好きなので心の中でパトリック・スチュワートよろしく「Engage!」と言って手術に臨むことにした。 もしくは映画「インターステラ...